自分の死を想像したら家族や知り合いに対してこれまでとは違った感謝が浮かんだのでこの想いが風化しない様に書き記しておきたい。

脳腫瘍

脳腫瘍が発覚し、その腫瘍の大きさもある程度大きいと告げられました。手術の規模もそれなりには大掛かりで集中治療室に入る手術を2度行いました。

自分は家族に対して何かを残す存在になれていたのだろうか。もし今自分がいなくなってもせめて家族が安定して生活ができる様な仕組みや貯蓄を私は家族のために残せていないです。

子供達には、自分がいなくなった時に、自分のことを思い出してくれる思い出や経験を残してあげられてただろうか。もし、私が死んだら子供達は大きくなってから私の事をどの様に思い出してくれるのか。これを私自身が想像できなかったんですよね。子供達が自分を思い出す時ためのエピソードが圧倒的に少ない、用意できていない。今の私はきっとぼんやりと思い出せる程度しか子供達に影響を与えられていません。その事に気がついた時にとても虚しい気持ちになりました。

大好きな友人、知人とは十分に時間を共に出来ていただろうか。もし、もう会うことが叶わない。そう思うともっと話したいこと伝えたいことが色々浮かんできました。近況を聞きたい、また遊びたい。互いに忙しくなりなかなか会えないながらも、もっと時間をとっておけばよかったと気付かされました。

両親にとって愛情を注ぐに足る息子だっただろうか。また自分は素直に感謝し、恩を返せていただろうか。親という存在は関わり方について他の人達と比べて特別だと思います。

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